B蒸発冷却

アルコールを肌に塗ると、ひんやり冷たく感じるのは、運動エネルギーの大きいアルコール分子が選択的に蒸発し、残ったアルコール分子の集団のエネルギーが減少、つまり冷却されるからである(よく「気化熱を奪われる」という言い方をする)。蒸発冷却とは、これと全く同じ原理で磁気トラップ中の原子集団を冷却するものである。

図5に蒸発冷却の原理を示す。磁気トラップされるスピン状態の原子は、ゼーマンシフトにより調和型のポテンシャルを感じるが、トラップされないスピン状態の原子は、また違ったポテンシャルを感じる。例えば磁気量子数ゼロのスピン状態は、ゼーマンシフトしないので、ポテンシャルカーブはフラットである。図5には、そのような二つ−トラップされるスピン状態とされないスピン状態−のポテンシャルカーブが描かれている。磁気トラップされている原子は調和ポテンシャルの中で熱分布(正確にはボース分布だが、近似的にボルツマン分布)していて、運動エネルギーの大きい原子ほど、ポテンシャルの高い所、つまり中心から離れた所まで振動する。そのような地点における、二つのポテンシャルカーブのエネルギー差、つまりゼーマンシフト量に相当する周波数の交流磁場を磁気トラップされた原子集団に照射すると、原子のスピンはフリップし、トラップされないポテンシャルカーブに乗り移り、トラップから脱落する。このように運動エネルギーの大きい原子だけを選択的にトラップから取り除くことができる。そして、残った原子集団内でエネルギーの再分配(熱化)が起こると、その集団の温度は以前より下がる。これが蒸発冷却の原理である。我々は磁気トラップに照射する交流磁場の周波数を35MHzから、原子を完全に削り取る直前の0.6MHz付近まで、65秒かけて連続的に掃引した。

   図5 蒸発冷却の原理

 

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